入試が終わったと思ったらすぐに次の入試に向けて新たな動きが始まるのがこの業界の常ではあります。そして新たな入塾募集が始まり他の塾の様子が聞こえてくるのもこの頃です。今年は特にレベルが高い、あるいは沢山の生徒数をかかえると言われる塾の様子が聞こえてきます。「塾の宿題をこなすのに小4の子供が12時、1時まで起きてやっている。」「父親と母親が教科を分担して家族総掛かりでやらないと宿題が終わらない」「出される宿題がまだ習っていないところなので宿題がよくわからない」「沢山出た宿題をようやくやっていっても塾では答えを読み上げるだけで質問も受け付けてくれない」等々。
こういうお話をお聞きになったら皆さんはどう思いますか。「最近は受験勉強も大変そうだからこういう事はよくあることで、しょうがないんじゃないかしら」とお思いでしょうか。確かに今年の中学受験をみてみると、小学卒業生がかつての半数以下になっているにもかかわらずこれまでにない新記録と言われるほど多数の応募者がありました。このことからみても受験は決して楽にはなっていないとの見方もあります。しかし子供の健康、親子の関わり、子供の意欲、自立心を害してまでもしなければならないのが受験でしょうか。どこか本末転倒しているのではないでしょうか。
そもそも受験って何でしょうか。受験をお考えのお父さんお母さんの多くは子供の将来の幸せを願ってとおっしゃることでしょう。子供の親として当然のことだと思います。問題はその「子供の将来の幸せ」の中身です。もしいい企業へ就職すること、いい給料をもらうこと、より豊かな物に囲まれた生活をさせたいというのであれば(結果としてそうな可能性はあるかも知れませんが)、青藍学院が望んでいることではありません。むしろ心豊かに生きるために今何を学ばなければならないのか、と言う観点から受験を捉えたいと思っています。
物に囲まれるのではなく人に囲まれ、地位や名誉を勝ち取るのではなく人の信頼を勝ち取れる人、人と競争するのではなく人と共生できる人、人を押しのけるのではなく自分が押しのけられてもマイペースで生きていける人、自分のためにではなく人のためにエネルギーを燃やせる人、そして何時も感謝と微笑みをもてる人などなど。言うは易くなかなか実行する事が難しいことばかりですが、向かう方向としては青藍学院はそう考えているのです。そしてそんな方向に進むためにこれから向かおうとする受験は日々これらの価値を大切にした生活の延長線上にあるはずです。
だとすれば、健康を大切にする生活。親子の関わりを大切にする生活。与えられた環境の中で最善を尽くす生活。感謝を携えた生活。受験生活はそういう生活であるはずです。4当5落と言われた睡眠時間を削っての受験勉強。受験生の子供を温かく見守るのではなく何時も勉強漬けにしなければ気が済まないお母さん。点数が悪いと子供を非難するお母さん。受験生のために何から何まで全て先回りして世話をしてしまうお母さん・・・。
いつの間にか軸足がとんでもないところへ移ってしまっていることがあります。何処に軸足を置いて受験するかがとても大切な事だと思います。本格的な受験時期になったら子ども達は親が黙っていてもそれぞれのスタイルで勉強を始めます。その時それぞれのスタイルを受け入れてほしいのです。子供を転ばないようにするのではなく、転んでも自分で起き上がれるようにするために受験を捉えたいのです。「子供の将来の幸せ」のために。
(代表 林 政夫)