(2009年6月10日発行「教える、支える、伝える」)

「教える、支える、伝える」

昔、武士の社会では男子の成人を示す通過儀礼として「元服」の儀式が行われたのは数えで、12才~15才です。(今で言えば、小6~中3の年齢)
近頃では、学校行事として「立志式」なるものも行われるようになりました。これは、数え年の15才の年に大人への第一歩を踏み出す式として、「元服」の行事に代わって行われているようです。中には成人の半分の数え10才(現小4)で立志式を行うところもあるそうです。

塾というのは、小4前後頃から通い始めるのが近頃の現象といってもいいようです。ちょうどこの小4は脳科学の観点からは、右脳型の学習から左脳型の学習へと切り替わる頃とも言われています。塾でみていても、小4からの子供達の変化は著しいものがあります。

どうして、この年令でこんな儀式があるのでしょうか?そうです。昔の人は子供達の成長の変化を感覚的につかんでいたのではないでしょうか。
皆さんは、子育てをしながらこの小4~中3の時期を意識していらっしゃいますか?私はこの子供達の成長の変換点にそのことを全く意識しないで子育てをなさってらっしゃる方が多いように思います。そのために子供達は自立する機会をつかめないまま、親に甘え、わがままを言い、好き放題に楽しいことを追求してしまう生活から抜け出せないでいるような気がします。

では、どんなことを意識しながら育てなければならないのでしょう。それは、それまでの「教える」子育てから「支える」子育てへの変換が必要なのだと思います。つまり親主導型の子育てから、子供主体の自立型の子育てへの変換です。
小学校低学年までは、朝起きるところから、顔を洗い、歯を磨き、学校へ行く準備をさせ、朝食を食べさせて時間通りに学校へ送り出すところまで、全て親が教え導いてきました。もちろん勉強も場合によっては、筆箱を開け、鉛筆を削るとこから宿題の中味まで教えてしまうようなことまであったかもしれません。
これは「教える」です。世の中のことも、学校も知らない子供に生活の基本を、社会生活、集団生活をするための基本を「教え」てきたのです。

しかし、小4、小5の頃からは、これを少しずつ変換する必要があるのです。方向は「支える」です。この頃には、それぞれの子供達の個性も少しずつ鮮明になってきます。
ここでは、まずは子供達自身がどうしたいのか、を聞くことです。そのやり方が例え間違っていてもまずはやらせてみることです。失敗をさせることです。つまずかせることです。
子供達は失敗の中から様々な学びをしていきます。きっと同じ失敗を何度か繰り返すこともあるでしょう。こんな時です。お母さん達の愛情の表現方法やお母さん達の人との関わり方や、お母さん達の生き様が問われてくるのは。

「あなたならきっとできるはず。大丈夫」と声をかけてやってみてはいかがでしょうか。信じて待つ。これが「支える」ということではないでしょうか。
このことは勉強の上にも表われます。なかなか勉強しようとしない子、勉強しようとして実行に移すことができない子、忘れ物が多い子、なかなか成績が上がらない子。
どうでしょうか、穏やかに、じっくりと子供達と話をしてみませんか。
「どこがうまくいかない原因なのか」「どうやったらうまくいくのか」「どうやってそれを実行し成果を出すのか」つまり、問題点をみつけ、解決策を考え、それを具体的にどう実行するのか、を子供自身に考えさせ、やらせてみては。

「教える」を依然続けている時は、この時にどうしても、細かなところまで注意して、挙句の果てには、親自身がやってしまうという「甘さ」につながってしまいます。気づかずにこのことを繰り返し続けていくと、結局子供に文句を言いながら、子離れ出来ない甘い親になってしまいます。
この「教える」と「支える」はある時期から明確に分けられるものでもなければ、子供の成長度合によって、同じ兄弟姉妹でも異なることもあります。ただ、小4~中2にかけては、子育ては「教える」から「支える」への変換を意識していくことがとても大切なように思います。

そのために必要とあれば、アドバイスもし、親の経験を話すこともあるでしょう。ただ、子供が「ここをこうする」と言い出したなら、それをやらせてみたらどうでしょう。様々なつまずき方を気づかせ、つまづいたところから立ち上がる力をつけさせるのも大切な子育てです。近頃は、転んでからの立ち上がり方よりも転ばないようにすることだけに親の注意がいっているように思えて仕方がありません。「支え」ずに「教え」ているのです。
最後に、「教える」時期も「支える」時期も変わらずに親から子へ「伝え」ておかなければならないことがあると思います。一つは「愛」です。毎日の忙しい中にあってこれを伝えるのは、とても難しいことです。ただ毎日の生活の中で、想いを伝える機会をいつも伺っているということが大切なのではないでしょうか。気持ちがあれば言葉でなくても、ちょっと肩に触れるだけでも、頭をなでるだけでも表現できます。大きくうなづいたり、笑顔だけでもとても有効です。

そして、もう一つは「感謝」です。よく親の恩に感謝すると言いますが、実は私達は子供が生まれることによって親にさせてもらい、家族を得、血のつながりを感じ、他人とは別の深いきずなで結ばれた人間関係を知ることができたのです。その意味では、親から子に子供の存在故に得られた幸せを感謝してもいいのではないでしょうか。このことは、子育ての時期に関係なく、生まれた瞬間から亡くなる瞬間まで、家族としてお互いに伝え合うべき心情ではないかと思います。